『逃げ上手の若君』では、鎌倉幕府滅亡から武蔵野合戦までの約20年間に、主人公・北条時行の家族や師から敵将までが次々と命を落とします。ただし作中で死亡したキャラクターの「確定した総数」は、集英社の公式サイトにもWikipediaにも存在しません。
この記事では原作漫画(全238話・完結)を基準に、死亡が描かれたことを確認できたキャラクターを【陣営】と【合戦】で整理しました。それぞれの死因だけでなく「誰に討たれたのか」まで対応させています。
この記事は原作漫画『逃げ上手の若君』全238話(完結済み)の内容を基準にしています。物語の核心に触れる重大なネタバレを含みます。
TVアニメ第2期は2026年7月17日から放送中で、原作8巻前後までを描くとみられます。アニメだけを追っている方にとって、この記事の中盤以降は大幅な先出しになります。
- 原作漫画(全238話・完結)で死亡が描かれたキャラクターを、陣営別・合戦別に整理した一覧
- それぞれの死因と「誰に討たれたのか」の対応関係
- 甲斐で討たれたはずの吹雪が、なぜ最終盤で再登場するのか
- 死亡リストに混ざりがちだが、実は作中で死亡が描かれていない人物
- 死亡キャラの「総数」が記事によってバラバラになる理由
- アニメ第2期の視聴者がどこまで読んでいいかの目安
死亡キャラは「陣営×合戦」で並べると、初めて因果がつながる
死亡キャラを五十音順や登場順に並べても、実はあまり意味がありません。本作の死は4つの大きな波に集中しており、陣営と合戦で並べて初めて「誰の死が誰の死を呼んだのか」が見えてくるからです。
その4つの波とは、鎌倉幕府滅亡(1333年)、中先代の乱(1335年)、石津の戦い(1338年)、そして観応の擾乱(1350〜1352年)です。
まず範囲をはっきりさせておきます。本記事が基準にするのは原作漫画で、連載は『週刊少年ジャンプ』2021年8号から2026年12号まで、全238話で完結しました。単行本は全27巻で、2026年8月時点の既刊は26巻です。最終第27巻は2026年10月2日に発売予定となっています。
そのうえで、最初に正直にお伝えしておきたいことがあります。
作中で死亡したキャラクターの確定した総数は、公式にもWikipediaにも存在しません。 集英社の公式サイトにも「死亡者一覧」のようなページはなく、Wikipedia日本語版の登場人物節も、死亡の有無を体系的に整理したものではないからです。
そのため本記事では「全◯人が死亡」という書き方をしません。ここで扱うのは、原作で死亡が描かれたことを確認できた63人です。あくまで本記事が確認できた範囲の人数であり、これが作品の公式な総数というわけではありません。
もうひとつ、並べ方についてもお断りしておきます。本記事は各キャラの死亡を「第何話」ではなく【合戦名】と【西暦】で示します。個々のキャラクターが何話で死ぬかを特定できる信頼できる一次資料が存在せず、推測で話数を書くとかえって誤情報になるためです。

鎌倉幕府滅亡(1333年)——時行が一夜で失ったもの
物語の開幕である鎌倉幕府滅亡では、時行の父・北条高時が自刃し、異母兄・北条邦時は伯父の裏切りによって斬首されます。時行の身近な人間がほぼ一度に失われる、作中でもっとも密度の高い死の場面です。
父の北条高時は、新田義貞ら後醍醐天皇派に鎌倉を制圧され、諏訪頼重に時行を託したうえで自刃しました。政治的な実権を側近に握られた傀儡でしたが、武家の生まれらしく弓競技を好み、時行に弓を熱心に教え込んでいた人物でもあります。時行が唯一まともに扱える武器が弓であるのは、この父の影響です。
異母兄の北条邦時の最期は、本作でもとりわけ後味の悪いものです。護衛役だった五大院宗繁が懸賞金欲しさに裏切り、邦時を新田軍に売り渡したことで、そのまま斬首されました。
宗繁は邦時にとって他人ではありません。宗繁の妹が高時の側室となって邦時を産んでいるため、邦時は宗繁の甥にあたります。実の甥を金で売ったことになるわけです。
時行と邦時は異母兄弟ながら仲が良く、その最期を知った時行は衝撃のあまり嘔吐するほどでした。
幕府とともに消えた人々
鎌倉幕府滅亡では、ほかにも多くの人物が命を落としています。
幕府の重臣だった摂津親鑑は自害しました。その娘の清子は、討幕派による摂津邸の略奪に巻き込まれて殺害されます。清子は財産目当てで時行との結婚を望む打算的な性格でしたが、生前から時行を「才は無いけど優しいお方」ときちんと理解していました。時行もその死を侍女から聞かされたとき、涙を流しています。
高時の側近だった長崎円喜と、その子の長崎高資は、幕府の滅亡とともに自害しました。時行の武芸指南役だった塩田二郎と狩野三郎は、新田軍と戦って戦死しています。
また、北条氏一門である名越流の当主名越高家は、討幕派を鎮圧するため京へ向かった先で、足利尊氏(当時は足利高氏)に射殺されました。この時点ではまだ、尊氏が寝返っていることを誰も知りません。
第1話を読み返すと、この章で死ぬ人たちの多くが「時行に逃げられていた」側だと気づきます。武芸指南役の塩田と狩野も、結婚を迫る清子も、日常的に時行に逃げられていた人たちでした。
逃げることが日常のギャグとして描かれていた相手が、一斉にいなくなる。この落差こそが、本作が「逃げ」を扱う物語であることの最初の宣言になっていると感じます。
中先代の乱(1335年)——最も多くの死者が出た山場で、誰が誰を討ったのか
作中でもっとも死者が多いのが、1335年の中先代の乱です。諏訪側は頼重・盛高・時継を失い、足利方は関東庇番の主力を失う、ほぼ相討ちのような構図になります。
この乱は複数の局面に分かれており、局面ごとに討ち手が違います。整理すると次のようになります。
女影原の戦い
関東庇番の一番組筆頭渋川義季は、時行と弧次郎による二対一の戦いに持ち込まれます。時行の挑発と策で疲労したところに弧次郎との一騎打ちとなり、敗北しました。
渋川は「武士たるもの忠義を尽くして正々堂々」という美学を重んじる人物です。最期は弧次郎の武勇を賞賛し、時行に「正義を貫く苦痛」を忠告して息絶えました。
二番組筆頭の岩松経家は、略奪のため北条軍の後陣を急襲し、望月重信と交戦します。大剣「艶喰」の威力を吹雪に見抜かれて防がれ、望月に討たれました。
井手の沢
足利派の武将小山秀朝が、望月重信に敗れて戦死しています。なお小山秀朝を「後醍醐天皇側」に分類しているまとめ記事がありますが、作中では足利方の武将です。
二番組衆の三浦時明は、北条泰家の篭絡を受けて戦の最中に北条軍へ寝返りました。その結果、高師直・師泰の兄弟と正面から敵対することになり、弟を逃がして命を落としています。
小手指ヶ原・相模川
庇番寄騎の今川範満は、馬の心臓を蹴りつけて能力を限界以上に引き出す戦法を使う人物でした。時行と戦い、最終的に吹雪の奇策に嵌って討ち取られます。
その兄の今川頼国は、相模川の戦いで先鋒を務めますが、渡河戦法を対策され、亜也子に打ち殺されました。今川兄弟は揃って逃若党に討たれたことになります。
五番組筆頭の石塔範家は、少し変わった最期を迎えます。亜也子と交戦したのち、彼女の泥臭い生き様に美しさを認め、自ら首を差し出しました。
因縁が決着する死
中先代の乱では、それまで積み上がってきた因縁が一気に決着します。
邦時を売った五大院宗繁は、さらなる手柄のために時行を狙って交戦しました。弧次郎や亜也子よりもはるかに強かったものの、3人の連携で隙を作られ、時行に首を刎ねられます。兄の仇が、弟の手で討たれたことになります。
信濃国司の清原信濃守は、尊氏の神力を注入されて鬼に堕ち、巨大な「戦車」に搭乗して諏訪本軍を迎え撃ちました。しかし頼重と時行の策が成功し、かつてその圧政に激怒して蜂起した保科弥三郎に首を刎ねられます。清原配下の和田米丸も、保科党と連携した弧次郎に討ち取られました。
悪党集団「征蟻党」の首領瘴奸は、一度は時行に敗れたあと改心し、領民思いの地頭として慕われる姿を見せていた人物です。中先代の乱では諏訪軍を奇襲しようとしますが、進軍路を時行に読み切られ、時行と吹雪の秘策「二牙白刀」に敗れます。
絶命の間際、瘴奸は時行の成長に満足しつつも、領民の少女と「生きて帰る」と約束したことを思い出し、未練を抱いて逝きました。
なお瘴奸の配下だった死蝋・白骨・腐乱の征蟻党幹部3名は、それより前の1334年、瘴奸が敗れたのと時を同じくして全員戦死しています。
名越高家の子である名越高邦は、父の仇を討つべく時行方として参陣しました。しかし宿舎にしていた鎌倉大仏殿が台風で倒壊して負傷し、無理を押して前線に出たところを高師直に討ち取られています。
中先代の乱の死亡キャラを表にして気づいたのは、逃若党の面々が「誰を討ったか」がはっきり書き分けられていることです。弧次郎が渋川、亜也子が今川頼国と石塔、吹雪が今川範満の策を立て、時行が五大院宗繁を討つ。
一覧記事では見落とされがちですが、討ち手を並べると、逃若党の一人ひとりが乱のどこで機能したかが浮かび上がります。
諏訪頼重の死が時行に残したもの——「二重の偽装」という最後の仕事
諏訪頼重は中先代の乱で尊氏に完敗し、致命傷を負います。しかしその死に方そのものが、時行を生かすための策でした。自らの死と同時に時行も死んだように見せかけ、足利軍の追っ手を断ち切っているからです。
頼重は北条家に仕える信濃国諏訪の領主であり、諏訪大社の神官にして現人神として敬われる人物でした。鎌倉幕府滅亡に際して高時から時行を託され、以後は武力・知力を含めた勝つためのすべてを教え込みます。時行にとっては第二の父と言える存在でした。
中先代の乱で、頼重は神力によって尊氏に上回られ、完敗します。とどめを刺される前に時行に救出され、別れの言葉を交わして逝きました。
そのうえで頼重は、自らの死と併せて時行も死んだように偽装しています。これによって時行は追っ手から逃れ、雌伏の期間に入ることができました。頼重の最後の仕事は、予言でも神力でもなく、この工作だったわけです。
諏訪一族は二代を同時に失う
この乱で失われたのは頼重だけではありません。
諏訪一族の諏訪盛高は、頼重の介錯をしたのち死亡しました。頼重の息子諏訪時継は、尊氏に斬りかかるものの返り討ちにあい、息子の頼継を時行に託して死んでいます。
つまり諏訪一族は、頼重・時継の二代を同じ乱で失ったことになります。
ただし時継の息子である諏訪頼継は生き延びました。祖父と父を一度に失った少年は、のちに観応の擾乱・武蔵野合戦で時行の盟友として行動します。頼継を死亡キャラとして扱っている記事を見かけることがありますが、これは誤りです。
なお頼重と時行のあいだには、天下を取り戻したら時行の元服で頼重が髪を切る、という約束がありました。この約束は果たされないまま終わります。
頼重の死を「師匠の死」というテンプレートで読むと、本作の面白さを半分取り逃がします。頼重は最後まで戦略家として振る舞い、自分の死体すら時行を逃がす道具に使いました。
「逃げ」を教えた師が、自分の死を最後の逃走支援に変える。この一貫性に気づくと、頼重の退場シーンの印象がかなり変わるはずです。
「死んだはずの吹雪」はなぜ戻ってくるのか——死亡一覧が必ず間違える人物
吹雪は逃若党の軍師から敵将・高師冬となり、甲斐で時行に敗れて最期を看取られます。しかし、それで退場ではありません。 最終盤の武蔵野合戦で「死んだはずの吹雪」として再登場し、弧次郎とともに時行に加勢するからです。
ここは死亡キャラ一覧というテーマでもっとも間違えられている箇所なので、順を追って整理します。
吹雪はもともと高一族の庶流にあたる彦部氏の子で、二刀を使う優秀な軍略家として逃若党に加入しました。しかし中先代の乱・相模川の戦いで尊氏に敗北するとそのまま投降し、高師直の猶子となって「高師冬」と名を改めます。
その後は敵方の武将として時行と戦い、甲斐で三たび激突したのち「鬼心仏刀」に敗れ、時行に最期を看取られました。
多くの記事はここで終わります。実際、Wikipedia日本語版の登場人物節も、高師冬の項は甲斐での討ち死にまでしか記述していません。
ところが集英社の公式ダイジェストを読むと、話は続いています。
尊氏の神力に支配された吹雪を倒し、最期を看取った時行。
— 集英社『逃げ上手の若君』公式 各話ダイジェスト
この後、最終盤の武蔵野合戦について、公式は次のように書いています。
時行の窮地を救うために、死んだはずの吹雪が駆けつける!
— 集英社『逃げ上手の若君』公式 各話ダイジェスト
つまり吹雪は、甲斐で一度は倒れながら、最終盤で時行の味方として戦線に戻ってきます。「最終的に時行に討ち取られて退場した」という書き方は、公式の記述と食い違うことになります。
「高師冬」は二人いる
もうひとつ、この人物を複雑にしている事情があります。「高師冬」という名前は、時期によって二人の人物を指します。
本来の高師冬は、高師直の従兄弟であり猶子にあたる別人でした。この人物は中先代の乱の初陣で馬に踏まれて死亡しています。その空いた名前を、師直に才を認められた吹雪が木の面をつけて継いだ、という構造です。
したがって「高師冬」で検索すると、前半の別人と後半の吹雪が混ざった情報が出てきます。死亡キャラ一覧に「高師冬」と1行だけ書くと、どちらのことなのか判別できません。
以上の理由から、本記事では吹雪/高師冬を単純な死亡キャラの1行としては扱わず、独立した項目として整理しています。
吹雪について調べるときは、Wikipediaと公式ダイジェストを必ず両方見ることをおすすめします。Wikipediaの登場人物節は情報量が非常に多い一方で、最新の展開まで追い切れていない項目があるからです。
筆者も当初はWikipediaだけを見て「甲斐で退場」と整理しかけました。公式の時系列ダイジェストに当たって初めて、再登場の記述に気づいた次第です。
石津・湊川・四条畷——尊氏という個人が覆した死
南朝方の主力は、戦況の不利ではなく足利尊氏個人の介入によって失われます。北畠顕家は石津の戦いで尊氏の単身の乱入によって討死し、楠木正成は湊川で尊氏の渾身の一刀を受けて戦死しました。
北畠顕家と石津の戦い(1338年)
北畠顕家は「規格外貴族」と称される戦上手で、弓の腕前は当代随一とされる人物です。1336年には弱冠19歳で足利軍を蹴散らし、尊氏を一度は九州へ撤退させています。
1337年12月、伊豆にいた時行のもとへ後醍醐天皇からの返書を携えて現れ、時行の胆力と覚悟を確かめたうえで自軍へ迎え入れました。
そして石津の戦いで高師直軍を敗死寸前まで追い詰めます。しかし師直を救援するため尊氏が単身で乱入し、顕家は討死しました。
なお、史実において石津の戦いに尊氏が参戦したという記録は存在しません。この乱入は作中の創作にあたります。
石津では顕家以外にも犠牲が出ています。奥州軍の南部師行は乱入した尊氏に敗れ、死の間際に「本当は普通に話せるが、奥州人に合わせて言葉を捨てた」と時行に語りました。新田党の堀口貞満は、徳寿丸(新田義興)を守るため高師泰に挑み、一撃で斬り殺されています。
同じ1338年、奥州軍の老将結城宗広は、伊勢の嵐の中で時行を矢から庇い、背中に負った矢傷が致命傷となりました。南朝の朝敵すべての首を捧げよという遺言を残して果てています。
楠木正成と湊川の戦い(1336年)
楠木正成は、時行に「逃げの極意」を授けた師にあたる人物です。「軍神」と評されながら、その本質は時行と同じ無類の逃げ上手であり、「逃げる事は生きる事」という信念を持っていました。
1336年、自身の献策を後醍醐天皇に却下されたまま尊氏討伐に出陣します。湊川の戦いでは策を弄して尊氏と一対一の状況を作り、隠していた武勇を発揮して圧倒しました。しかし最後は尊氏の渾身の一刀を受け、致命傷を負って戦死します。
死の間際、正成は尊氏の人となりを見抜いたうえで、自身の死を心から嘆き惜しむ尊氏と打ち解け、穏やかな最期を遂げました。
その息子である楠木正行と楠木正時は、1348年の四条畷の戦いで細川顕氏らを破りますが、高師直・師泰の兄弟に敗れて討ち死にします。三男の正儀は兄二人の死後、楠木家の当主となりました。
新田義貞と朝廷の人々
新田義貞は、鎌倉を制圧した実行犯であり、時行にとっては親の仇にあたります。少数で行軍中に尊氏軍と戦闘になり、脳天に矢を受けました。それでも凄まじい戦闘力を発揮して相手方を全滅させたのち、死亡しています。新田党の畑時能も、義貞とともに討ち死にしました。
朝廷側では、護良親王が中先代の乱の際、尊氏の指示に基づいて直義配下の淵辺義博に殺害されます。その淵辺自身も、1337年に鎌倉へ攻め込んだ顕家軍を迎え撃った際、弧次郎に討たれました。
後醍醐天皇は、石津の戦いで敗れた時行に遊軍としての自由行動を保証する綸旨を与えたのち、自身に帰京の時間が残されていないことを嘆きながら崩御します。
側近の千種忠顕は、尊氏の謀反の際に護衛のため殿を務めるも、高師泰に首を刎ねられ戦死しました。大納言の西園寺公宗は、北条泰家と共謀した後醍醐天皇暗殺計画が弟の密告で露見し、捕らえられて処刑されています。同じく側近の名和長年は、京を再襲撃した尊氏軍に呑まれて死亡しました。
石津と湊川を並べて読むと、本作における尊氏の異常性がよく分かります。どちらも南朝方が戦術的には勝っていた場面で、尊氏個人が現れたことで結果がひっくり返っているからです。
死亡キャラを合戦ごとに整理して初めて、「尊氏が来たかどうか」が生死の分かれ目になっている作品だと実感できました。
観応の擾乱(1350〜1352年)——足利方が味方同士で殺し合う
観応の擾乱で死ぬ人物は、時行に討たれたわけではありません。高師直・師泰の兄弟は直義方の手にかかり、足利直義は最後に尊氏の中の神に殺されます。本作で唯一、「敵に討たれた死」ではない死の連鎖です。
発端は、足利家の執事である高師直と、尊氏の弟足利直義の運営方針の対立でした。師直は直義排除を目的に御所巻を実行し、擾乱を引き起こします。
しかし直義軍に敗れ、尊氏にも見捨てられた師直は、最後に一族もろとも直義軍の上杉憲将・能憲の兄弟に殺害されました。弟の高師泰は、悪態をつきながら三浦八郎に殺害されます。
師直の子高師夏は、捕えられて出家を勧められたものの拒否し、父に殉じて殺害されました。師泰の子高師世も、長尾景忠に敗れ、時流に恵まれなかったことを嘆きながら死んでいます。
因果が一周する構造
この殺戮には伏線があります。
上杉憲顕の兄上杉重能は、直義派だったために擾乱の中で高師直に殺害されました。重能は、憲顕が子の憲将と能憲をまともに育てられないと見て、二人を養子として引き取った人物です。
つまり養父を師直に殺された兄弟が、その師直の一族を皆殺しにしたことになります。高一族の滅亡は、師直自身がまいた種でもあったわけです。
三浦兄弟にも似た構図があります。兄の三浦時明は中先代の乱で高兄弟と敵対して命を落としました。そして弟の三浦八郎が、観応の擾乱で高師泰を討ちます。
直義の側近斎藤利泰は、女装した尊氏に殺害されました。そして師直の排除に成功した足利直義自身も、尊氏に恩賞権を握られて政治・軍事ともに敗北し、最後は尊氏の中の神に殺害されます。
なお、擾乱とは別の経緯で死ぬ人物もいます。美濃国守護の土岐頼遠は、酒に酔った勢いで光厳上皇の牛車を蹴り倒す狼藉を働き、怒りを買った直義に粛清されました。戦死ではありません。
顕家の執事だった春日顕国は、常陸合戦で高師冬に敗れて斬首されています。
観応の擾乱は「時行が出てこない章」として飛ばされがちですが、死亡キャラの視点で読むと本作でいちばん密度が高い部分かもしれません。
敵側の人物が、主人公ではなく身内に殺されていく。時行がずっと逃げ続けてきた相手が、自滅の形で消えていく展開は、逃げの物語としての皮肉が効いていると感じます。
実は死んでいない——死亡リストに混ざりがちな人物
まとめ記事の死亡リストには、作中で死亡が描かれていない人物が混ざっていることがあります。結城親光はWikipediaに「生死が描かれていない」と明記されており、岩松四郎は「蹴散らされた」だけで死亡描写がありません。
「敗れた」「退けられた」「蹴散らされた」を死亡と読み替えてしまうことが、一覧記事に誤りが混入する主な原因です。本記事で確認できた範囲では、次の人物は死亡キャラに含めるべきではありません。
| 人物 | よくある誤解 | 実際の描写 |
|---|---|---|
| 結城親光 | 名和長年と一緒に戦死した | Wikipedia登場人物節に「生死が描かれていない」と明記されている |
| 岩松四郎 | 中先代の乱で戦死した | 上野国蕪川で「為す術もなくあっさり蹴散らされた」とあるだけ |
| 北条泰家 | 病死した | 杉本寺の戦いで救出され、伊豆で母の覚海尼と静かな余生を送る |
| 市河助房 | 大徳王寺城で討たれた | カブト虫を捕りにいく口実で戦線離脱しただけ |
| 高重茂 | 青野原で討たれた | 小笠原貞宗に陣を譲っただけで、死亡描写はない |
| 諏訪頼継 | 祖父・父と一緒に死んだ | 生き延び、観応の擾乱・武蔵野合戦で時行の盟友として行動する |
逃若党のメンバーは、合戦では倒れていない
意外に思われるかもしれませんが、本記事で扱った鎌倉幕府滅亡から武蔵野合戦までの合戦のなかで、逃若党のメンバーが討たれる場面はありません。
雫・亜也子・魅摩の3名は、物語終盤で時行の正室となります。弧次郎・風間玄蕃・夏・秕も、死亡は描かれていません。
唯一の例外が吹雪ですが、これは死亡というより「離脱して敵方になり、甲斐で敗れ、武蔵野合戦で味方として戻ってくる」という特殊な経路です。前述のとおり、単純な死亡キャラとしては扱えません。
死亡場面そのものが間違って伝わっている例
死亡自体は事実でも、場面が取り違えられているケースもあります。
代表例が海野幸康です。「渋川義季との一騎打ちで死亡した」と書いている記事がありますが、これは誤りです。渋川義季が海野との戦いを制したのは女影原の戦いですが、海野はそこでは死んでいません。
海野幸康が戦死するのは、1352年の武蔵野合戦です。討ったのは足利尊氏でした。作中で時行たちが決戦に向かうのは小手指ヶ原で、史実で海野幸康の討死地とされる笛吹峠とは区別して読む必要があります。諏訪神党三大将の中軍大将として慕われた彼は、このころ誉を妻としており、最後は尊氏に挑んで返り討ちに遭っています。
もうひとつ注意したいのが小笠原貞宗です。時行の「もう一人の師」と呼ぶべき信濃守護ですが、彼は戦死していません。大徳王寺城の戦いののち、観応の擾乱を見届けることなく京で病死します。作中屈指の弓の名手が、戦場ではないところで生涯を終えるわけです。
なぜ死亡キャラの「総数」は記事によって違うのか
死亡キャラの総数が記事ごとに28名・41名などとバラつくのは、そもそも「作中で死亡したキャラクターの確定総数」が公式にもWikipediaにも存在しないからです。数え方の基準が記事ごとに違う以上、一致しようがありません。
数がズレる原因は、主に次の4つです。
1つ目は、複数名をまとめた記述の扱いです。 Wikipediaの登場人物節には、複数の人物が1項目にまとめられている行があります。「塩田二郎、狩野三郎」「楠木正行、正時、正儀」「死蝋、白骨、腐乱」などです。これを1と数えるか、人数分で数えるかで結果が変わります。
2つ目は、背景や回想で語られる死を含めるかです。 弧次郎の母は出産時に命を落としており、吹雪の父は吹雪自身に殺されています。先代の風間玄蕃は不遇な最期を遂げ、直義の子・如意丸は早世しました。これらは本編の戦死とは性質が違います。
3つ目は、人外を数えるかです。 人を食べる巨大な牛鬼「牡丹」は、雫の策によって「神様の刃」へ転落して果てました。これをキャラクターの死としてカウントするかは判断が分かれます。
4つ目が、前述の「敗れた=死んだ」という読み替えです。 ここを厳密にするかどうかで、数名から十数名の差が出ます。
こうした事情があるため、本記事も「全◯人」とは書きません。あくまで本記事が原作で死亡を確認できた63人という自己申告にとどめています。
逃げ上手の若君を読む・見る方法
原作は全27巻で完結します。2026年8月時点の既刊は26巻で、最終第27巻は2026年10月2日発売予定です。ここまで読んで結末を自分の目で確かめたくなった方のために、読む・見る手段を整理しておきます。
まず前提として、アニメ第2期が描いているのは原作8巻前後までとみられます。本記事の中盤以降で扱った観応の擾乱や武蔵野合戦は、アニメではまだ先の話です。
電子書籍で原作を読む
この記事で扱った死の場面は、多くが「最期に何を言い残したか」で印象が決まります。渋川義季の忠告も、瘴奸が思い出した約束も、台詞と表情を実際に読んで初めて重みが伝わる部分です。拡大して読み返せる電子書籍は、そうした場面を確かめ直すのに向いています。
| サービス | 特徴・おすすめポイント |
|---|---|
| Kindle | Amazonポイント還元 |
| ブッコミ | 月額コースでお得 |
| BOOK☆WALKER | 初回購入50%還元 |
| ブックライブ | 初回70%OFFクーポン |
| 漫画全巻ドットコム | 全巻まとめ買い割引 |
なお、ブックライブの初回70%OFFクーポンは1冊のみが対象です。巻数が多い作品だからといって割引額が大きくなるわけではないので、そこは誤解のないようにしてください。
アニメを見る
第1期は全12話で、原作1巻から4巻第31話までを映像化しています。中先代の乱の手前までなので、本記事で扱った死のうち鎌倉幕府滅亡と征蟻党の分が中心です。
| サービス | 料金 | 無料お試し期間 | 特徴・おすすめ |
|---|---|---|---|
| Amazon Prime Video | 月額600円〜 | 30日間 | プライム会員なら追加料金なし |
| dアニメストア | 月額660円〜 | 31日間 | アニメ特化で作品数が多い |
| DMM TV | 月額550円 | 14日間 | 月額最安クラス |
| U-NEXT | 月額2,189円 | 31日間 | 毎月1200pt付与、原作漫画にも使える |
| Hulu | 月額1,320円 | なし | フジテレビ系作品に強い |
| Netflix | 月額890円〜 | なし | 広告つきスタンダードあり |
| ABEMA | 月額680円〜 | なし | 一部コンテンツは無料 |
| Lemino | 月額1,540円〜 | 31日間 | 無料プランあり |
原作の続きを電子書籍で追いつつ、アニメで映像化された範囲を見返すという併用が、本作の場合はいちばん理解が深まると思います。
中古・フリマで揃える
完結作品なので、紙の全巻セットやBlu-ray、フィギュアなどを狙う選択肢もあります。
| サービス | 取扱商品 | 特徴・おすすめ |
|---|---|---|
| メルカリ | フィギュア・グッズ・同人誌・中古コミックなど何でも | 個人出品で掘り出し物・限定品が見つかる |
| Yahoo!フリマ | 中古本・ゲーム・ホビー・DVD/Blu-ray全般 | PayPay連携・匿名配送。紹介コードで特典あり |
| ネットオフ | 中古コミック全巻・小説・DVD/Blu-ray・ゲーム | まとめ売り・宅配買取に強く、状態表記が明確 |
| Amazon | 新品・中古の全巻セット・フィギュア・Blu-ray/DVD・グッズ | 新品も中古も。フィギュア・円盤・全巻セットが揃い、プライムなら翌日配送 |
📥 保存版:死亡キャラ早見表
本記事で原作の死亡描写を確認できた63人を、陣営別にまとめました。「討った相手」が「—」の場合は、自害・病死のように討ち手が存在しないか、作中で討ち手が明示されていないケースです。
特定の人物を探すときは「陣営」列から絞り込むのが早く、物語の流れを追いたいときは「合戦・場面」と「西暦」の列を上から眺めると、死の連鎖の順番が見えてきます。
| 陣営 | キャラクター | 死因 | 討った相手 | 合戦・場面 | 西暦 |
|---|---|---|---|---|---|
| 北条家・幕府 | 北条高時 | 自刃 | — | 鎌倉幕府滅亡 | 1333年 |
| 北条家・幕府 | 北条邦時 | 斬首 | 五大院宗繁の裏切りにより新田軍 | 鎌倉幕府滅亡 | 1333年 |
| 北条家・幕府 | 摂津親鑑 | 自害 | — | 鎌倉幕府滅亡 | 1333年 |
| 北条家・幕府 | 清子 | 略奪に巻き込まれ殺害 | 討幕派 | 鎌倉幕府滅亡 | 1333年 |
| 北条家・幕府 | 長崎円喜 | 自害 | — | 鎌倉幕府滅亡 | 1333年 |
| 北条家・幕府 | 長崎高資 | 自害 | — | 鎌倉幕府滅亡 | 1333年 |
| 北条家・幕府 | 塩田二郎 | 戦死 | 新田軍 | 鎌倉幕府滅亡 | 1333年 |
| 北条家・幕府 | 狩野三郎 | 戦死 | 新田軍 | 鎌倉幕府滅亡 | 1333年 |
| 北条家・幕府 | 名越高家 | 射殺 | 足利尊氏(当時は高氏) | 討幕派との戦い | 1333年 |
| 北条家・幕府 | 名越高邦 | 討ち取られる | 高師直 | 中先代の乱 | 1335年 |
| 諏訪家 | 諏訪頼重 | 致命傷を負い逝去 | 足利尊氏 | 中先代の乱 | 1335年 |
| 諏訪家 | 諏訪盛高 | 死亡(頼重の介錯の後) | — | 中先代の乱 | 1335年 |
| 諏訪家 | 諏訪時継 | 返り討ち | 足利尊氏 | 中先代の乱 | 1335年 |
| 諏訪家 | 海野幸康 | 返り討ちに遭い戦死 | 足利尊氏 | 武蔵野合戦(小手指ヶ原) | 1352年 |
| 諏訪家 | 藤沢政頼 | 討伐される | 小笠原貞宗 | 諏訪大社の神職争い | 1336年 |
| 足利方・庇番 | 渋川義季 | 一騎打ちに敗れる | 弧次郎 | 中先代の乱・女影原 | 1335年 |
| 足利方・庇番 | 岩松経家 | 討たれる | 望月重信 | 中先代の乱・女影原 | 1335年 |
| 足利方・庇番 | 石塔範家 | 自ら首を差し出す | 亜也子 | 中先代の乱 | 1335年 |
| 足利方・庇番 | 今川範満 | 討ち取られる | 吹雪の奇策 | 中先代の乱・小手指ヶ原 | 1335年 |
| 足利方・庇番 | 今川頼国 | 打ち殺される | 亜也子 | 中先代の乱・相模川 | 1335年 |
| 足利方・庇番 | 三浦時明 | 命を落とす | 高師直・高師泰 | 中先代の乱・井手の沢 | 1335年 |
| 足利方 | 小山秀朝 | 敗れて戦死 | 望月重信 | 中先代の乱・井手の沢 | 1335年 |
| 足利方・庇番 | 一色頼行 | 戦死 | 後醍醐天皇派 | 多々良浜の戦い | 1336年 |
| 足利方 | 斯波家長 | 一騎討ちに敗れる | 北条時行 | 杉本寺の戦い | 1337年 |
| 足利方 | 淵辺義博 | 討たれる | 弧次郎 | 顕家軍の鎌倉攻め | 1337年 |
| 足利方 | 長山頼基 | 討ち取られる | 秕(シイナ) | 青野原の戦い | 1338年 |
| 足利方 | 土岐頼遠 | 粛清される | 足利直義 | 光厳上皇への狼藉 | 1342年 |
| 足利方・高一族 | 高師冬(本来の人物) | 馬に踏まれて死亡 | — | 中先代の乱の初陣 | 1335年 |
| 足利方・高一族 | 高師直 | 一族もろとも殺害 | 上杉憲将・上杉能憲 | 観応の擾乱 | 1351年 |
| 足利方・高一族 | 高師泰 | 殺害される | 三浦八郎 | 観応の擾乱 | 1351年 |
| 足利方・高一族 | 高師世 | 敗れて死ぬ | 長尾景忠 | 観応の擾乱 | 1351年頃 |
| 足利方・高一族 | 高師夏 | 父に殉じて殺害 | 直義方 | 観応の擾乱 | 1351年 |
| 足利方 | 上杉重能 | 殺害される | 高師直 | 観応の擾乱 | 1350年 |
| 足利方 | 斎藤利泰 | 殺害される | 女装した足利尊氏 | 観応の擾乱 | 1351年頃 |
| 足利方 | 足利直義 | 殺害される | 尊氏の中の神 | 観応の擾乱の後 | 1352年 |
| 足利方 | 足利如意丸 | 早世 | — | 背景描写 | — |
| 信濃・悪党 | 瘴奸 | 秘策を受け絶命 | 北条時行と吹雪 | 中先代の乱 | 1335年 |
| 信濃・悪党 | 死蝋 | 首を落とされる | 亜也子 | 征蟻党との戦い | 1334年 |
| 信濃・悪党 | 白骨 | 即死 | 亜也子と弧次郎 | 征蟻党との戦い | 1334年 |
| 信濃・悪党 | 腐乱 | 戦死 | 吹雪 | 征蟻党との戦い | 1334年 |
| 信濃・国司軍 | 清原信濃守 | 首を刎ねられる | 保科弥三郎 | 中先代の乱 | 1335年 |
| 信濃・国司軍 | 和田米丸 | 討ち取られる | 弧次郎 | 信濃動乱 | 1335年 |
| 裏切り者 | 五大院宗繁 | 首を刎ねられる | 北条時行 | 時行を狙った交戦 | 1333年 |
| 信濃 | 小笠原貞宗 | 病死 | — | 京 | 1347年 |
| 朝廷・公家 | 護良親王 | 殺害される | 淵辺義博 | 中先代の乱・鎌倉撤退時 | 1335年 |
| 朝廷・公家 | 後醍醐天皇 | 崩御 | — | 吉野(南朝) | 1339年 |
| 朝廷・公家 | 西園寺公宗 | 処刑 | 建武政権 | 暗殺計画の露見 | 1335年 |
| 朝廷・公家 | 千種忠顕 | 首を刎ねられ戦死 | 高師泰 | 尊氏の謀反 | 1336年 |
| 南朝勢力 | 北畠顕家 | 討死 | 足利尊氏 | 石津の戦い | 1338年 |
| 南朝勢力 | 春日顕国 | 斬首 | 高師冬(吹雪) | 常陸合戦 | 1344年 |
| 南朝勢力 | 結城宗広 | 矢傷が致命傷 | — | 伊勢の嵐 | 1338年 |
| 南朝勢力 | 南部師行 | 敗れて死亡 | 足利尊氏 | 石津の戦い | 1338年 |
| 南朝勢力 | 堀口貞満 | 一撃で斬り殺される | 高師泰 | 石津の戦い | 1338年 |
| 南朝勢力 | 畑時能 | 討ち死に | 足利軍 | 新田義貞と同じ戦い | 1338年 |
| 南朝勢力 | 新田義貞 | 脳天に矢を受けて死亡 | 尊氏軍 | 少数での行軍中の戦闘 | 1338年 |
| 南朝勢力 | 楠木正成 | 致命傷を負い戦死 | 足利尊氏 | 湊川の戦い | 1336年 |
| 南朝勢力 | 楠木正行 | 討ち死に | 高師直・高師泰 | 四条畷の戦い | 1348年 |
| 南朝勢力 | 楠木正時 | 討ち死に | 高師直・高師泰 | 四条畷の戦い | 1348年 |
| 南朝勢力 | 名和長年 | 死亡 | 尊氏軍 | 京の再襲撃 | 1336年 |
| 背景・回想 | 牡丹(牛鬼) | 転落死 | 雫の策 | 狩猟中の遭遇戦 | 1333年 |
| 背景・回想 | 先代の風間玄蕃 | 不遇な最期 | — | 回想 | — |
| 背景・回想 | 弧次郎の母 | 出産時に死亡 | — | 回想 | — |
| 背景・回想 | 吹雪の父 | 殺害される | 吹雪 | 回想 | — |
※吹雪(高師冬)は甲斐で時行に敗れて最期を看取られますが、最終盤の武蔵野合戦で再登場して時行に加勢するため、上の表には含めていません。
よくある質問(FAQ)
まとめ
『逃げ上手の若君』の死は、4つの波に分かれています。鎌倉幕府滅亡で時行の家族が消え、中先代の乱で諏訪と関東庇番が相討ちのように失われ、石津と湊川で南朝の主力が尊氏個人に覆され、観応の擾乱では足利方が身内で殺し合いました。
そして一覧を作るうえで最も注意が必要なのが、吹雪の扱いです。甲斐で討たれながら武蔵野合戦で戻ってくる彼を、単純な死亡キャラの1行に押し込めることはできません。
戦って死ぬことが誉れとされた時代に、逃げて生き延びる主人公を置いた作品です。これだけ多くの人物が死ぬのは、その対比構造そのものだと言えます。
なお、アニメ第2期が描いているのは原作8巻前後までとみられます。アニメで追いかけている方は、中先代の乱までを確認したうえで、その先は放送に合わせて読み進めるのが安全です。
参考文献
- 集英社 少年ジャンプ公式『逃げ上手の若君』各話ダイジェスト
- 少年ジャンプ公式『逃げ上手の若君』コミックス一覧
- TVアニメ『逃げ上手の若君』公式サイト
- コミックナタリー「松井優征「逃げ上手の若君」5年の歴史に幕、最終27巻は10月発売」
- Wikipedia(ja)『逃げ上手の若君』
この記事を書いた人:藤沢あかり
歴史ジャンルの漫画・アニメを追いかけて15年のエンタメライター。『逃げ上手の若君』は連載第1話から週刊で追いかけ、単行本も既刊26巻すべてを所持しています。作中の死亡描写については、まとめサイトの孫引きではなく、集英社の公式各話ダイジェストとWikipediaの登場人物節を突き合わせて確認する方針を徹底しています。
