【エルフェンリート 最後】楓荘の門に映った影は誰なのか——アニメと原作で正反対になるルーシーの最期と、10年後に現れる双子「楓」の意味を完全解説

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エルフェンリートの最後を解説する記事のアイキャッチ画像。夕暮れの楓荘の門に伸びる人影を描いている

※本記事は物語の核心に触れるネタバレを含みます。

アニメ第13話のラストで楓荘の門に映る、あの人影。誰なのかは作中で明かされません。答えを持っているのは原作漫画(全12巻)のほうですが、そこでのルーシーは自らコウタに銃を手渡して撃たせて死亡し、しかもコウタは最後まで彼女を赦しません。

……見終わった直後の、あの宙ぶらりんな感じ。分かります。

私も初見のときは「え、これで終わり?」と画面の前で固まりました。13話ぶんの重さを背負わされたのに、最後の最後で答えだけ持っていかれる。あの読後感(視聴後感)は、正直かなりきついものがあります。

でも、あれは投げっぱなしにされたわけじゃない。放送された2004年の時点で、原作はまだ連載中だったんです。つまりアニメは「原作の結末を隠した」のではなく、そもそも原作の結末がまだ存在していなかった。だから独自の着地を選ぶしかなかった。

この記事では、アニメ版の最後と原作版の最後を分けて整理していきます。そのうえで、ネットで割れている「ルーシーは溶けて死んだのか、撃たれて死んだのか」問題に決着をつけ、最終ページに現れる双子の女の子をどこまで「転生」と呼んでいいのかまで踏み込みます。

この記事を書いた人
藤沢あかり——原作漫画『エルフェンリート』全12巻を読破済み。アニメ全13話も視聴したうえで、アニメ版と原作版のラストの差分を1話・1巻単位で突き合わせて確認しています。

💡この記事でわかること
  • アニメ第13話のラストに映る人影の正体が、作中でどう扱われているのか
  • 原作でのルーシーの最期が「溶けた」と「撃たれた」の二段構造になっている理由
  • アニメと原作で、コウタの「赦し」が正反対になっているという決定的な違い
  • 10年後のエピローグに現れる双子の女の子を、どこまで転生と呼んでいいのか
  • アニメは原作のどこまでを描いたのか、続きは何巻から読めばいいのか
  • アニメを見る・原作全12巻を読むための配信/電子書籍サービスの比較

ここから先はネタバレを含みます!
アニメの最終話、および原作漫画の最終巻(第12巻)の結末に触れます。まだ見ていない・読んでいない方は、先に本編をご覧になることを強くおすすめします。

目次

アニメ最終話のラストに映った影は誰なのか

作中では明かされません。誰なのかを確定させないまま終わる演出なので、アニメだけを何度見返しても正解は出てきません。

まず、第13話がどう進むのかを整理しておきます。

ルーシー(声:小林沙苗)は蔵間(声:細井治)とマリコ(声:川上とも子)の最期を見届けたあと、研究員に殺されかけていたナナ(声:松岡由貴)を助け、たった一人でコウタ(声:鈴木千尋)のもとへ向かいます。そこで8年前の事件の記憶を取り戻したコウタに、自分が人類を滅ぼす存在であること、そして8年間ずっと抱えてきた想いを告げて去ろうとする。

その直後、コウタは彼女を赦します。二人は和解する。

けれど外には警官隊が待ち構えていて、ルーシーは対峙したまま消息不明になります。角が折れる描写は入るものの、彼女がどうなったのかは描かれません。そして最後のカット——楓荘の門に、ルーシーらしき影が映る。

ここで終わりです。

この影について、作中には一切の説明がありません。生きて帰ってきたのか、コウタが見た幻なのか、まったく無関係の誰かなのか。判断材料が意図的に伏せられています。

なぜ答えが用意されていないのか

理由ははっきりしています。アニメが作られた時点で、原作がまだ完結していなかったからです。

アニメのCS放送は2004年7月25日から10月17日まで。一方、原作漫画の連載が終わったのは2005年8月25日(週刊ヤングジャンプ2005年39号)でした。

アニメは全13話+未放送1話。CS放送は2004年7月25日〜10月17日、原作漫画の連載終了は2005年8月25日(2005年39号)。

出典: エルフェンリート – Wikipedia(記載内容の要旨)

つまりアニメスタッフは、原作者すらまだ描いていない結末を先回りして作るという状況に置かれていたわけです。そこで断定的な決着をつけず、余白を残して閉じた。ラストの影は「答えを隠したもの」ではなく、「まだ誰も答えを持っていなかったことの痕跡」に近い。

そう考えると、あの終わり方への見え方が少し変わってきませんか。

おたくライター

【結論】: アニメのラストの影について「これはルーシーだ」と断定している解説は、根拠が作中には無いので、そのまま鵜呑みにしないでください。
なぜなら、私自身が長いあいだ「影=ルーシー生存」だと思い込んでいた側だからです。原作12巻まで読んでようやく、あれはアニメ独自の余白であって、原作が用意した答えではないと気づきました。順番としては、まず「アニメは答えを出していない」を確定させてから、原作の答えを別物として読むほうが混乱しません。

ルーシーは「溶けて死んだ」のか「撃たれて死んだ」のか

どちらも正しいです。別々の説ではなく、順番に起きる一つの場面だと考えてください。

ここ、ネットの解説記事が真っ二つに割れているところです。「体が溶けて死んだ」と書いてある記事を読んだ翌日に「コウタに撃たれて死んだ」と書いてある記事を読むと、そりゃ混乱します。でも原作を読むと、その二つは矛盾していません。並んでいるだけです。

前提:ベクターには「使いすぎると溶ける」という弱点がある

先に設定の確認を。

ディクロニウスが持つ「ベクター」は、目に見えない複数の腕です。高周波の微振動で物を切断できる。ルーシーのベクターは射程が約2mで全ディクロニウス中もっとも短いのですが、この作品では射程が短いほど力が強いという設計になっているため、総合力では彼女が最強とされます(本数はアニメ版での最大が4本)。

そしてこのベクターには、はっきりした弱点があります。自身の限界を超えて使いすぎると、体組織が崩壊して身体が溶けてしまう。

ベクターの弱点は、本体が強い痛みを感じている時やベクター封じで封じられている時は出せなくなること、また自身の限界を超えて使いすぎると体組織が崩壊し身体が溶解してしまうこと。

出典: 楓/ルーシー – アニヲタWiki(仮)(記載内容の要旨)

これは終盤で突然出てきた都合のいい設定ではありません。ベクターという能力そのものに、最初から組み込まれた代償です。ここを押さえておくと、最期の場面がすんなり読めます。

段階①:コウタを治すために、限界を超えて使った

物語の終盤、コウタは蔵間の銃撃を受けて負傷します。

それを見たルーシーは暴走する。コウタを助けるためにベクターの力で彼を治療しながら、同時に襲いかかってくる敵を殲滅していきます。治療と戦闘を並行して、しかも自分の限界を無視して。

結果、その反動で彼女の身体は元の姿をとどめないほど溶けてしまいます。

「溶けて死んだ」と書かれるのは、ここのことです。

段階②:乗っ取られた自分を止めるために、コウタに銃を渡した

問題はこの後です。

身体が溶けた直後、ルーシーは彼女を見限った「DNAの声」に肉体を乗っ取られます。そして世界中に向けてベクターを一斉射出する無差別攻撃を始めてしまう。

コウタにもベクターが伸びていく。

そのとき、ルーシーとにゅうは幻影としてコウタの前に現れ、コウタたちを傷つけないようにベクターをそらし続けます。自分の身体が自分の意思を離れているのに、意識だけで抵抗している状態です。

そして最期。彼女は銃を持ったベクターをコウタに伸ばして手渡し、自らを撃たせます。

これは8年前にコウタに言った言葉を、ようやく実行してもらう形になっています。自分では止まれないと分かったうえで、止め方だけを託した。

「撃たれて死んだ」と書かれるのは、ここのことです。

つまり——溶けたから死んだのでもなく、撃たれたから死んだのでもない。溶けてなお止まらない自分を終わらせるために撃たせた。この順番まで含めて、はじめてルーシーの最期になります。

おたくライター

【結論】: 「溶けた」「撃たれた」のどちらか一方しか書いていない解説を読んだときは、もう片方が省略されていると思ってください。
なぜなら、私はまさに別々の記事で片側ずつ読んでしまい、しばらく「どっちが本当なんだ」と思っていたからです。原作では溶解→乗っ取り→銃、と切れ目なく続く一つの場面で、途中で切ると意味が変わってしまいます。

アニメと原作、コウタはルーシーを赦したのか赦さなかったのか

正反対です。アニメのコウタは赦して和解し、原作のコウタは赦しません。同じ「最後」でも、物語の結論そのものがひっくり返っています。

ここが、この作品でいちばん誤解されやすいところだと思っています。

アニメ:赦す

先ほど見たとおり、全13話の最終話にあたる第13話のコウタは、8年前の記憶を取り戻したうえでルーシーを赦します。父と妹を殺された相手に対して、それでも手を伸ばす。

この選択には当時から賛否がありました。和解に至るまでの心情変化が急すぎる、という指摘は根強くあります。父と妹を奪われた人間がそこまで短時間で受け入れられるのか、と。

原作:赦さない

対して、全12巻の最終巻にあたる第12巻の原作のコウタは、赦しをはっきり拒みます。カナエ(声:山本麻里安)と父を殺した相手を赦すことはできない、と明確に線を引く。

そして重要なのは、それでも物語が破綻しないことです。

赦されないままのルーシーは、それでもコウタを助け、それでもコウタに自分を終わらせてもらう。赦しをもらえなかった人間が、赦されないまま責任の取り方を選ぶ。原作の最後は、そういう筋になっています。

この違いは「どっちが正しいか」ではない

アニメが甘いとか、原作が厳しいとか、そういう優劣の話ではないと私は思っています。

アニメは「それでも人は赦し合えるか」を最後の問いに置いた。原作は「赦されなくても責任は取れるか」を最後の問いに置いた。同じ素材から、まったく別の結論を引き出している。

だから「エルフェンリートの最後」を検索した人が混乱するのは、当たり前なんです。答えが2つあるから。しかも片方はもう片方の続きではなく、別ルートの終着点になっている。

最後に現れる双子の女の子は「転生」なのか

作中で「転生」とは明言されていません。符合を提示したうえで、解釈は読者に委ねられます。

ここも断定している記事が多いのですが、原作の書き方はもう少し慎重です。順を追って見ていきます。

10年後のエピローグ

事件が終息したあと、コウタは退院します。けれど心の傷は癒えないまま、毎年、夏祭りの最後の日には約束の場所である子犬の墓石を訪ねていました。

ルーシーは現れません。当然です。もういないのだから。

それでも彼は通い続けます。

そして10年の月日が流れ、コウタはユカ(声:能登麻美子)と結ばれて娘が生まれます。彼はその娘に「にゅう」と名づけました。

ある日、その娘を連れて墓を訪れたとき、彼女が犬の墓に埋まっていた瓶を見つけます。中に入っていたのは、8年前の夏祭りの最後の日にルーシーが埋めた手紙と、コウタが贈った翡翠でした。

10年越しに掘り出される、小さな伏線。ここは正直、こみ上げます。

そして最終ページ

ここからが、原作第12巻——全12巻の最終巻の、いちばん最後にあたる場面です。

その後コウタは、ルーシーとにゅうそれぞれの面影を持つ、角のない双子の女の子に出会います。

双子の名前は「楓」。

ルーシーの本名も楓です。そして彼女たちが暮らしていた場所は「楓荘」でした。

この符合を並べたところで、物語は終わります。

「転生」と書かないほうがいい理由

多くの解説記事は、ここを「ルーシーとにゅうの転生」と結論づけています。読みとしては自然ですし、そう受け取る人が多いのも分かります。

ただ、作品はそう言っていません。

名前の一致と場所の一致を提示して、あとは読者に預けている。転生と読むこともできるし、名前が偶然重なっただけの他人と読むこともできるし、コウタがそう見たかっただけと読むこともできる。その幅を残したことが最後の演出なので、断定してしまうと作品が最後に手渡してきたものを取りこぼす気がします。

なので本記事でも「転生である」とは書きません。「転生と読める終わり方をしている」までにとどめます。

なお、双子は女の子2人です。男女の双子ではありません。ここを取り違えている記述をたまに見かけるので、念のため。

おたくライター

【結論】: 12巻の最終ページまで読んだら、8年前の夏祭りの回をもう一度読み返してみてください。
なぜなら、瓶に何が入っていたかを知ってから読むと、あの夏祭りの場面の意味がまるっきり変わるからです。私は読み返して、初読のときは何も分かっていなかったんだなと思い知りました。手紙と翡翠の存在を知ったうえで見る「約束」は、まったく別の重さを持っています。

アニメはどこまで描いた?原作の続きは何巻から読めばいいのか

アニメ全13話は、原作のおよそ第7巻までを再構成した内容です。したがって続きを読むなら第8巻からになります。

まず構成を整理しておきます。

項目内容
原作漫画全12巻で完結
連載週刊ヤングジャンプ 2002年27号〜2005年39号
アニメ全13話+未放送1話(制作:ARMS/監督:神戸守)
未放送回第10.5話(DVD第7巻の特典として収録された番外編)
アニメの原作対応範囲おおよそ第7巻まで

尺の関係や放送当時に原作がまだ完結していなかったため、原作の第一部にあたる7巻までの内容を13話にまとめ上げた作品である。

出典: エルフェンリートとは – ニコニコ大百科(記載内容の要旨)

未放送の第10.5話は、TV放送ではオンエアされていない番外編です。DVDの特典として収録されました。「全14話」と紹介されることがありますが、正確には全13話+未放送1話です。

また、地上波(2005年4月3日〜6月26日)で流れたのは描写のカット編集が入ったバージョンでした。初出はCS放送のほうです。

ただし「続き」という言い方には注意が必要

ここが大事なところ。

アニメ第13話の結末は、原作には存在しません。アニメオリジナルです。

なので第8巻から読み始めても、「あの影の正体」は出てきません。そもそもあの場面自体が原作に無いからです。8巻以降は、アニメが選ばなかったもう一方のルートを、原作が最後まで走り切る話になります。

続きというより、分岐だと思ってもらったほうが近い。

おたくライター

【結論】: アニメ→原作の順で追うなら、「第8巻から続きを読む」ではなく「第8巻から別の結末に向かう」と思って読み始めてください。
なぜなら、私は最初「アニメの答え合わせが載っているはず」と期待して8巻を開き、期待していたものが出てこなくて肩透かしを食らったからです。期待値を先に調整しておくと、原作の結末をちゃんと原作の結末として受け取れます。

エルフェンリートの人物相関図。ルーシー・にゅう・楓が同一人物であることと、コウタ・ユカ・ナナ・蔵間・マリコとの関係、およびアニメ版と原作版で結末が分かれることを示す

主要キャラクターは最後にどうなったのか

ルーシーは原作で死亡、アニメでは生死不明。コウタ・ユカ・ナナ・マユは生き残り、原作ではコウタとユカが結ばれます。

一人ずつ整理します。

キャラクター(声優)立場最後にどうなったか
ルーシー/にゅう/楓(小林沙苗)主人公。ディクロニウスのミトコンドリア・イヴ原作=コウタに撃たせて死亡/アニメ=消息不明で生死は不明
コウタ(鈴木千尋)大学生。8年前の事件の遺族生存。原作では10年後にユカと結ばれ娘をもうける
ユカ(能登麻美子)コウタの従姉妹(いとこ)・同い年生存。原作ラストでコウタと結ばれる
ナナ(松岡由貴)ディクロニウスのジルペリット生存。作中のディクロニウスで唯一最後まで生き残る。原作ではすべてが終わったあと蔵間と暮らすことになる
マユ(萩原えみこ)家出少女。楓荘の住人生存
蔵間(細井治)国立生態科学研究所の室長アニメ=最終回でマリコとともに最期を迎える/原作=終盤でコウタを銃撃し負傷させるが生き残り、ナナと暮らす
マリコ(川上とも子)蔵間の実の娘。ディクロニウスアニメ最終盤で蔵間とともに最期を迎える
カナエ(山本麻里安)コウタの妹物語開始前(8年前)にルーシーに殺害されている
角沢長官/ルーシーの異父弟研究所側原作終盤、ともにルーシーに殺害される

「ルーシー」「にゅう」「楓」は3人ではありません

ここ、初見だと本当に混乱するところなので明記しておきます。

この3つはすべて同一人物です。

  • 楓(かえで)——本名
  • ルーシー——国立生態科学研究所で付けられたコードネーム
  • にゅう——研究所を脱走する際、頭部に受けた銃撃の衝撃で分裂した別人格

にゅうという人格は、ルーシーが「角がなければこうありたかった」と無意識に願った、自分自身の投影として生まれたものです。当初は「にゅう」としか話せなかったので、コウタがそう名づけました。

声優も小林沙苗さんが両方を兼任しています。

コウタとユカは従姉妹(いとこ)

もう一つ。ユカはコウタの従姉妹で同い年です。姉でも妹でもありません。

そのうえで原作の10年後エピローグでは、二人は結ばれて娘をもうけます。娘の名は「にゅう」。

なぜ20年経っても「最後」が語られ続けるのか

アニメが答えを出さずに終わり、その答えにあたる原作がまったく別の結論を出しているという二重構造が理由です。

普通、原作つきアニメが途中で終わった場合、「続きは原作で」で話は片づきます。読めば答えが出るから。

ところがこの作品はそうならない。

アニメの最後の問い(あの影は誰か)は、原作を読んでも解決しません。そもそも原作にその場面が無いからです。かわりに原作は、アニメが選ばなかった「赦さない」という結論を提示してくる。

読んでも解決せず、読むと別の問いが増える。この構造がある限り、議論は終わりません。

賛否がはっきり分かれる作品でもある

擁護なしで言うと、この作品は人を選びます。

グロテスクな描写と性的描写が強く、地上波放送時にはカット編集版が流されたほどです。序盤の研究所からの脱走シーンで脱落する人が一定数いるのも理解できます。

さらにアニメ版については、先ほど触れたとおりコウタが赦すまでの心情変化が急すぎるという指摘があります。第13話の中で、8年前の事件の記憶を取り戻し、ルーシーの告白を聞き、赦して和解するところまでが連続して起きるためです。

一方で評価されているのは、その残酷さが目的化していない点です。ベクターによる殺傷描写の裏には、ルーシーが受けてきた差別と虐待がある。人がどう扱われると人を殺せるようになるのか、という筋が通っています。

OP「LILIUM」の荘厳な合唱と、画面で起きていることの落差。あのコントラストを覚えている人は多いはずです。

今から初見で見る人へ

放送当時にリアルタイムで見た人と、今サブスクで一気見する人とでは、ラストの受け取り方がかなり違うと思います。

当時は「続きは連載中の原作へ」という前提が生きていました。今から見る人にとっては、原作はとっくに完結していて、答えが確定している。

だからこそ、今から見る人のほうが有利です。アニメの余白を余白のまま味わったうえで、原作の答えを最後に受け取れる。順番を選べるのは、20年後に見る人の特権だと思います。

おたくライター

【結論】: これから初見で追うなら、アニメ全13話 → 原作全12巻の順をおすすめします。逆順にはしないでください。
なぜなら、原作を先に読んでしまうとアニメ第13話の余白が「知っている答えの劣化版」に見えてしまい、あの終わり方の良さが感じ取れなくなるからです。私は運よくアニメが先だったので、影の意味を宙づりにされる体験をちゃんと味わえました。

エルフェンリートのアニメを見る・原作を読むには

アニメはdアニメストア・U-NEXT・Leminoで見放題配信中です。原作全12巻は主要な電子書籍ストアで配信されています。

この作品、配信で見るときに1点だけ知っておいてほしいことがあります。序盤の研究所からの脱走シーンが作品でいちばん振り落としにかかってくるので、そこを越えられるかどうかで判断が決まる。逆に言えば、まず序盤だけ試せる環境で見始めるのが合理的です。無料お試し期間のあるサービスから入るのが向いています。

アニメの配信サービス比較

サービス料金無料お試し期間配信状況おすすめ度
dアニメストア月額660円〜31日間見放題★★★★★
U-NEXT月額2,189円31日間見放題★★★★★
Lemino月額1,540円〜31日間見放題★★★★☆

迷ったらU-NEXTです。

理由はこの作品特有の事情で、アニメを見終わった人はほぼ確実に「原作の結末はどうなってるんだ」という状態になるからです。U-NEXTは毎月1200ポイントが付与され、そのポイントを原作漫画の購入に使えます。アニメを見て、その足で第8巻以降に進める。この作品ほど「映像から原作へ移る動線」が必要になる作品も珍しいので、結果的にいちばん無駄がありません。

アニメだけを最安で見たいならdアニメストアが向いています。

原作漫画(全12巻)を読む

原作は全12巻で完結済みです。アニメの続きから読むなら第8巻から、最初から読み直すなら第1巻から。個人的には、コウタの記憶の伏線が張り直される関係で、通しで読むほうが最後の効きが違うと思っています。

サービス特徴・おすすめポイント
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全12巻を一気に揃えるなら、初回割引の効くブックライブかコミックシーモアが素直です。「12巻の結末だけ今すぐ確認したい」という目的がはっきりしている人に限っては、Renta!のレンタルが最短で済みます。

中古・フリマで安く集める【ネットオフ・メルカリ・Yahoo!フリマ】

完結から20年が経っている作品なので、紙の全巻セットもDVDも中古市場に十分な量が出回っています。ラストまで読んで作品にはまった人が次に探すのは、たいてい現物のほうです。既刊の紙版、当時のDVD、そして関連グッズ。電子で読み切ってから紙で買い直す人も珍しくありません。

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📥 保存版:アニメ版と原作版の「最後」比較早見表

このままスクショして、見返しながら読むと迷いません。

比較する項目アニメ版(全13話)原作漫画版(全12巻)
ルーシーの結末警官隊と対峙後、消息不明。生死は明示されない死亡。ベクターの使いすぎで身体が溶けたのち、コウタに銃を手渡して撃たせる
コウタの反応記憶を取り戻したうえでルーシーを赦し、和解する父と妹カナエを殺されたことを赦さない
蔵間・マリコ最終回でともに最期を迎えるマリコは死亡。蔵間は生き残り、ナナと暮らすことになる
ラストシーン楓荘の門にルーシーらしき影が映る(正体は不明)角のない双子の女の子(名前は「楓」)が現れる
エピローグなしあり(ルーシーの死から10年後)
原作の対応範囲原作のおおよそ第7巻まで全12巻(完結済み)
物語の結論赦しによる和解赦されないまま、責任の取り方を選ぶ

よくある質問(FAQ)

エルフェンリートのアニメの最後に映る影は、結局誰なんですか?

作中では明かされません。ルーシーらしき影が楓荘の門に映りますが、それが彼女かどうかは最後まで説明されないまま終わります。原作漫画にもこの場面自体が存在しないため、原作を読んでも答え合わせはできません。アニメが意図的に残した余白と考えるのが正確です。

ルーシーは死んだんですか? 生きてるんですか?

原作漫画では死亡します。アニメ版では消息不明のまま終わり、生死は明示されません。同じ作品でも媒体によって結論が違うので、どちらの話をしているのかを分けて考える必要があります。

原作の最後でルーシーを撃ったのは誰ですか?

コウタです。ただし襲撃されたわけではなく、ルーシー自身が銃を持ったベクターをコウタに伸ばして手渡し、自らを撃たせています。直前にベクターの使いすぎで身体が溶けており、DNAの声に肉体を乗っ取られた自分を止めるための選択でした。

最後に出てくる双子の女の子は、ルーシーの転生ということでいいんですか?

作中では転生と明言されていません。双子の名前が「楓」であること、ルーシーたちの住居が「楓荘」だったことが並べて示され、そこから先の解釈は読者に委ねられています。転生と読める終わり方ではありますが、断定はされていません。

アニメの続きは原作の何巻から読めばいいですか?

第8巻からです。アニメ全13話は原作のおおよそ第7巻までを再構成した内容になっています。ただしアニメ第13話の結末は原作に存在しないオリジナルなので、8巻以降は「続き」というより別の結末へ向かう本筋だと思って読むほうが混乱しません。

コウタとユカはどういう関係で、最後はどうなるんですか?

ユカはコウタの従姉妹(いとこ)で、同い年です。原作の10年後エピローグでは二人は結ばれ、娘が生まれます。コウタはその娘に「にゅう」と名づけました。

「ルーシー」「にゅう」「楓」は別々の人物なんですか?

すべて同一人物です。楓が本名、ルーシーは研究所で付けられたコードネーム、にゅうは研究所からの脱走時に頭部へ受けた銃撃の衝撃で分裂した別人格にあたります。アニメでも声優は小林沙苗さんが兼任しています。

エルフェンリートのアニメは今どこで見られますか?

dアニメストア・U-NEXT・Leminoで見放題配信中です。いずれも31日間の無料お試し期間があります。原作漫画の全12巻は、ブックライブやBOOK☆WALKERなど主要な電子書籍ストアで配信されています。

まとめ

『エルフェンリート』の「最後」がここまで語られ続けるのは、答えが2つあるからです。

アニメ第13話は、コウタがルーシーを赦して和解し、そのうえで彼女の生死を伏せたまま終わります。楓荘の門の影に説明はありません。

原作漫画は逆です。コウタは赦さない。それでもルーシーは、溶けた身体で暴走する自分を止めるため、コウタに銃を手渡して自らを撃たせます。そして10年後、角のない双子の女の子が現れ、その名前が「楓」であることだけを示して物語は閉じます。

赦しで終わる話と、赦されないまま責任を取る話。同じ素材から出てきた、まったく別の結末です。

もしアニメだけを見て宙ぶらりんのままなら、原作第8巻から読んでみてください。求めていた答え合わせは手に入りませんが、そのかわり、もう一つの最後が待っています。

参考文献・出典

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