『あしたのジョー』のラストで、矢吹丈は世界バンタム級王者ホセ・メンドーサに判定で敗れます。試合後、血に染まったグローブを白木葉子に手渡し、リングのコーナーで満足げに微笑んだまま真っ白に燃え尽きた姿で、物語は幕を閉じました。
※本記事は物語の核心に触れるネタバレを含みます。
……なのに、読み終えたあと「負けた話を読んだ」という感触が残らない。むしろ何かとてつもないものを見せられた気がするのに、勝敗も生死もはっきりしない。あの居心地の悪さこそ、いまあなたが検索窓に来た理由じゃないだろうか。
正直に書くと、筆者も同じでした。しかも読了直後、記憶の中で勝敗を反転させていたほどです。
この記事では、まずラストで実際に何が起きたのかを確定させます。そのうえで「真っ白な灰」という言葉がどこから来たのか、なぜ勝ったホセが白髪になったのかを掘り下げる。最後に、ジョーの生死をめぐる作者の答えがどう変わってきたかまで、一次資料をたどって整理します。
- ラストシーンで実際に起きたこと(判定負け・グローブ・微笑み)の確定した事実
- 「真っ白な灰」というモノローグが何の比喩なのか、そして逐語表記が揺れている理由
- あの言葉をジョーが最初に語った相手が、白木葉子ではなく林紀子だったという伏線
- なぜ判定に勝ったホセ・メンドーサが白髪になったのか
- ジョーの生死について、ちばてつやの回答が50年でどう変わってきたか、そして原作者・梶原一騎はどう書き残したか
- 原作漫画とアニメ『あしたのジョー2』第47話の演出の違い
- ラストまで読める・見られるのはどの版・どの作品なのか

ジョーは勝ったのか負けたのか——ラストシーンで実際に起きたこと
ここから先はネタバレを含みます!
まだ読んでいない・見ていない方は、先に本編に触れることを強くおすすめします。
ジョーは負けています。世界バンタム級王者ホセ・メンドーサとの世界タイトルマッチに挑み、死闘の末に判定で敗れました。
まずここを確定させておきたい。KO負けでもドローでもなく、判定負けです。そしてジョーは世界王者になっていません。作中で到達したのは東洋太平洋バンタム級チャンピオン(2度防衛)と、WBC世界ランキング4位まででした。
試合に至るまでの状況も過酷です。ジョーは度重なる激闘の末、この試合の前にすでにパンチドランカーと診断されていました。白木葉子は泣いて試合中止を訴えます。ジョーはそれを振り切ってリングに上がりました。
序盤はホセが理詰めのボクシングで圧倒します。ジョーは片目が見えない状態にまで追い込まれた。それでも倒れず、変則的なパンチでホセを翻弄していきます。
そして判定。ホセの勝ちでした。
ここからが問題のラストです。試合後、ジョーは血に染まったボクシンググローブを白木葉子に手渡します。そしてリングのコーナーに腰を下ろす。ベタ——黒の塗り——を廃した真っ白な画面の中で、満足げな微笑みを浮かべたまま、灰のように真っ白に燃え尽きた姿で物語は終わります。
読者に示されるのは、それだけ。歓声も、実況も、周囲の人物の反応も描かれません。白い紙面と、微笑んだジョーだけが残る。
【結論】: 「ジョーが勝った」という記憶があるなら、それは読者側の書き換えです。
なぜなら、筆者自身も第20巻を読了した直後、勝敗をひっくり返して覚えていたから。勝ったはずのホセが白髪になっているコマを見返して、ようやく判定負けだったと確認し直しました。勝敗の記憶がここまで反転するほど、あのラストは「勝ち負け」の枠から外れています。
「真っ白な灰」とは何の比喩なのか——最後のモノローグが意味するもの
燃え残り、つまりやり残しが一切ない完全燃焼の比喩です。黒い炭が赤く燃え、燃え切ると白い灰になる——その燃焼の順序が、そのままジョーの生き方に重ねられています。
この比喩の構造は、ちばてつや本人が説明しています。2023年1月、連載55周年を迎えたスポーツ報知の取材で、ジョーの生死を問われた際の答えがこれでした。
「真っ黒な炭が燃えると真っ赤になって、燃え尽きると真っ白な灰になる」と、力を出し切ったというさわやかさ、すがすがしさを感じ、その姿を描いた
出典: あしたのジョー – Wikipedia(スポーツ報知 2023年1月の取材コメントを引用)
つまり「燃え尽きた=力尽きた」ではありません。「出し切った」なのです。灰が白いということは、燃えかすが残っていないということ。この一点が、あのラストを敗北譚に見せない仕掛けになっている。
ここで、ひとつ正直に書いておきたいことがあります。
ラストのモノローグの逐語表記は、媒体によって揺れています。 「燃えたよ…まっ白に…燃えつきた…まっ白な灰に…」と書く資料もあれば、「燃え尽きたぜ…真っ白にな…」とする資料、単に「燃え尽きたよ」と紹介するものもある。送り仮名も、間に入る点の数も一致しません。
本記事では逐語での断定引用を避け、内容——「燃え尽きた・真っ白な灰になった」という趣旨——で記述します。単行本の実物を確認せずに、どれか一つを「正しいセリフ」として提示するのは誠実ではないからです。
【結論】: ラストのセリフを人に語るときは、逐語で暗唱しないほうが安全です。
なぜなら、ネット上の引用は媒体ごとに送り仮名も間の点の数も違っていて、どれが単行本の表記なのかを画像なしで確定できないから。趣旨(燃え尽きた・真っ白な灰になった)で語れば、取り違えようがありません。
「まっ白な灰」を最初に聞いたのは葉子ではない——ラストの伏線が埋められていた場面
この言葉をジョーが語った相手は、白木葉子ではありません。林紀子です。紀子はこの返事を聞いてジョーについて行けないと悟り、身を退きます。
ここが本記事でいちばん伝えたい部分。
ラストの発想源になったのは、原作者・梶原一騎が本編中盤で書いた次のセリフでした。
ほんの瞬間にせよ、まぶしいほどまっ赤に燃えあがるんだ。そしてあとにはまっ白な灰だけが残る。燃えかすなんか残りやしない。まっ白な灰だけだ
出典: あしたのジョー – Wikipedia(ラストシーン節)
これはジョーが林紀子に語ったものです。場面は二人のデート中。同じ年頃の青年が青春を謳歌しているのに寂しくないのか、という紀子の問いかけへの返答でした。
紀子はこの答えを聞いて、自分にはこの人について行けないと悟ります。そして身を退く。彼女はのちに、ジョーの親友である西寛一(マンモス西)と結婚しました。
つまりジョーは物語の中盤で、自分の終わり方をすでに宣言していたことになる。しかもその宣言は、ヒロインが一人降りるという代償を伴っていました。
ではなぜ、この中盤のセリフが最終回に呼び戻されたのか。
ちばはラストをどう締めくくるか決めきれず、アシスタントとともに20通りのアイデアを出しています。どれも納得できませんでした。締め切りは刻々と迫る。
そんなとき、本編を最初から読み返していた当時の担当編集者がこの場面を発見しました。「これこそあしたのジョーのテーマではないか!」——そう言って、ちばに差し出したのです。
ちばはこの意見に同意し、これを基にラストシーンを描き上げました。描き終えたあとの5日間は何もできず、「ご飯もおかゆしか食べられなくて、家族も心配していた」と週刊誌の取材に語っています。
競合記事の多くは「元ネタのセリフが本編中盤にある」「担当編集が見つけた」というところまでは書きます。ただ、語った相手が誰かまでは特定していない。ヒロインといえば白木葉子、という一般的な理解があるぶん、暗に葉子と取り違えて読まれやすい構造になっています。
【結論】: この一点を知ってから読み返すと、あの真っ白なページは「勝負の結末」ではなく「予告どおりの着地」に見えてきます。
なぜなら、ジョーは中盤で紀子に対して自分の終わり方をすでに口にしているから。筆者も長らく葉子に語ったセリフだと思い込んでいて、相手が紀子だと知った瞬間、紀子が身を退いた理由まで一本の線で繋がりました。
なぜ勝ったホセが白髪になり、負けたジョーが微笑んでいるのか
判定に勝ったホセ・メンドーサのほうが壊れたからです。廃人になることも厭わないジョーの執念に恐怖し、試合後には白髪になっていました。
ここ、意外と取りこぼされている描写だと思う。
ホセ・メンドーサはメキシコ出身の世界バンタム級王者です。「コンピューター付きファイティングマシーン」「キング・オブ・キングス」という異名を持つ、人格者として描かれた男でした。ちなみにアニメ第2作で彼を演じたのは宮村義人。ジョー役のあおい輝彦は第1作から通して同じで、丹下段平役の藤岡重慶も同様に不動のキャストでした。
冷静で、計算高く、崩れない。それがホセというキャラクターの設計です。
試合序盤、彼はその通りにジョーを圧倒します。ところが片目が見えなくなったジョーの変則的なパンチに翻弄され、ダメージを蓄積していく。
そして何度倒しても、ジョーは立ち上がってくる。
ホセはこの執念に恐怖しました。取り乱し、ついには反則行為に及ぶほど精神的に追い詰められます。冷静さこそが武器だった男が、自分から崩れていったのです。辛くも判定勝利を収めたものの、試合が終わったときには白髪になっていました。
ここで念のため確認しておきます。白髪になったのはホセであって、ジョーではありません。 ネット上ではこの二人を取り違えた記述をときどき見かけます。
勝者が白髪になり、敗者が微笑んでいる。この非対称こそが、あのラストの設計だと筆者は考えています。「勝ち負けでは測れない」という言葉は抽象的に響きますが、作中ではきちんと絵で証明されている。二人の顔を並べて見たとき、どちらが「勝った」ように見えるか——答えは判定結果と一致しません。
そしてこの表情の差は、文章では再現できない部分でもあります。
ジョーは死んだのか——ちばてつやの答えは50年で変わり続けている
作中では死亡も生存も描かれていません。ちばてつや自身の回答も年代ごとに変わっており、作者の発言を一つ選んで「正解」とすることはできない状態です。
ここが最大の争点なので、発言を時系列で並べてみます。
執筆当時——ちばは生死について全く考えていませんでした。
のちのインタビュー——子供向けには「今日のリングに負けても、また明日も勝利を目指して戦い続けるジョー」、大人向けには「文字通り真っ白な灰になるまで、燃え尽きるまで戦った男・ジョー」。この双方の生き方を、読者それぞれが感じたまま受け止めてくれればいいと語りました。ただし続けて「自分の中ではこの終わりは確実に決まっている」とも発言しています。
2011年——熊本県湯前町の湯前まんが美術館で開かれた原画展に合わせたトークショーで、「丈は死んでいない」と発言。
2014年——CS番組『漫道コバヤシ』では、こう説明しました。
自分が描いたのは、ジョーの燃え尽きた姿がそこにあるという最後が全てであって、生死についてはどうでもよかった
出典: あしたのジョー – Wikipedia(CS番組『漫道コバヤシ』出演時のコメントを引用)
さらに過去の生存発言については、「心情的にジョーが生きていてくれた方がホッとするから、そう言ったのかもしれない」と弁明しています。
2018年3月——東京中日新聞のインタビューでは、はっきりこう答えました。
死んでいませんよ。持っている力をすべて出し切り、真っ赤に燃えて白い灰になるというイメージ。ただただ燃え尽きた
出典: あしたのジョー – Wikipedia(東京中日新聞 2018年3月のインタビューを引用)
2023年1月——スポーツ報知の取材では、生死そのものには踏み込まず、「力を出し切ったというさわやかさ、すがすがしさ」を描いたのだと答えています。
こうして並べると、「作者は生きていると言った」という要約がいかに雑かが分かる。同じ人が、年代によって違う場所に立っている。しかも2014年には、生存発言の動機まで自分で疑ってみせているのです。
原作者・梶原一騎は「燃え尽きた」と書き残している
ここで見落とされがちなのが、もう一人の作者の言葉です。原作を担当した梶原一騎は自伝『劇画一代』(小学館)で、ジョーの結末を「リングに死す」とはっきり書いています。
いまだにジョーの熱烈な支持層は多く、(略)復活させろとの手紙や電話に悩まされている昨今、この場を借りてお断りしておく。ジョーは燃え尽きたのデス、真っ白に……。
出典: 「あしたのジョーは生きている」 連載開始から半世紀、法医学者が鑑定 – BuzzFeed Japan(梶原一騎『劇画一代』小学館 からの引用), 2017年12月15日
つまり作画のちばと、原作の梶原で答えが割れています。ラストシーンを実際に描いたのはちば。しかし物語をそこまで運んだのは梶原でした。
「作者はどう言っているか」で決着させようとすると、ここで行き止まりになります。ちば自身も2014年に、生死は原作者の考えもあり既に故人であるため確実なことは言えない、と述べている。生死が読者に委ねられているのは演出上の余白であると同時に、作り手の間ですら答えが一致していなかったからでもあります。
作者以外はどう見ているか——法医学者と漫画評論家の読み
外部からの見解もいくつか残っています。
法医学者の上野正彦氏(元東京都監察医務院長)は、BuzzFeed Japanの取材でジョーを「生きている」と鑑定しました。根拠は姿勢です。
少なくともこの時点では生きている。すぐに死ぬことはありません。ヘトヘトに疲れているだけで、自分ひとりでリングを降りていくと思いますよ。
出典: 「あしたのジョーは生きている」 連載開始から半世紀、法医学者が鑑定 – BuzzFeed Japan(記者: 神庭亮介), 2017年12月15日
死亡していれば全身の筋肉が弛緩し、頭の重みで前のめりに倒れるはず。座位を保っているということは、筋肉をコントロールできている——という読み方です。
漫画評論家の夏目房之介氏は、コマの構図から解釈しています。ジョーの身体が次のページ方向を向いており、リングの線も同じように途切れずに向かっていることから、明日があることを意味している、と。
また梶原一騎の実弟である真樹日佐夫は、「死んだとは描いてない、白い灰はあくまで比喩」と語っています。
【結論】: 「作者が生きていると言った」という一文だけを根拠に語るのは、いまの時点ではおすすめしません。
なぜなら、2014年の『漫道コバヤシ』でちば本人が、過去の生存発言について「心情的にジョーが生きていてくれた方がホッとするから、そう言ったのかもしれない」と弁明しているから。発言を1つ引くなら、何年のどの媒体かを必ずセットで言う必要があります。
もう一つのラストがあった——梶原一騎の幻の結末と、食い違う2つの証言
原作者側が用意していたラスト案は、別に存在しました。ただし内容についての証言は関係者の間で食い違っており、一つに確定できません。
ちばの回想によれば、梶原から伝えられたラストはこうでした。ホセ・メンドーサに判定で敗れたジョーに、丹下段平が「お前は試合では負けたが、ケンカには勝ったんだ」と労いの言葉をかける。そしてラストシーンは、白木邸で静かに余生を送るジョーと、それを見守る葉子の姿——。
ちばは「ここまでやってきて、『ケンカに勝った』はないじゃないか」と考えました。電話で「ラスト、変えますよ」と伝え、梶原も「ああ、任せるよ」とこれを承諾したとされています。
ただし、ここには注意が要ります。これは梶原の没後に語られたエピソードであるため、信憑性は定かではないとWikipediaも注記しているのです。
さらにややこしいことに、証言がもう一つある。
梶原の原稿をちばに渡す前に見ていた真樹日佐夫は、最終回についてちばとほぼ同様のことを述べています。ただしラストシーンだけが違う。「パンチドランカーとなったカーロス・リベラと共に療養所のような所で笑顔で戯れている姿」で終わっていた、と書いているのです。
つまり食い違っているのは、段平の労いの有無ではありません。その後にジョーが誰とどこにいるか——白木邸で葉子に見守られているのか、療養所でカーロスと笑い合っているのか、という一点です。
どちらが梶原の本当の案だったのか。現時点では確定できません。この記事でも、幻のラストを一つに断定することはしないでおきます。
なお「白木邸で静かに余生を送るジョーと、それを見守る葉子の姿」は、2019年8月5日放送の『ごごナマ』(NHK総合テレビ)で、ちばの直筆色紙として紹介されました。幻のラストは、絵としては一度だけ世に出ていることになる。
アニメ版のラストは原作と何が違うのか——『あしたのジョー2』第47話の演出
アニメ版は周囲の人物の反応を描き足して死を匂わせます。原作はジョーの微笑みだけを残し、周囲の反応を一切描きません。
ラストまで映像化しているのは、アニメ第2作『あしたのジョー2』です。1980年10月13日から1981年8月31日まで日本テレビ系で放送された全47話。総監督は出﨑統、制作は東京ムービー新社でした。ちなみに第1話「そして、帰ってきた…」の視聴率は16.3%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)を記録しています。
最終話は第47話「青春はいま…燃えつきた」。1981年8月31日の放送でした。
この回では、燃え尽きたジョーに丹下段平が語りかけます。しかし反応がない。セコンド陣が絶句します。
そして、その光景を見た人々が何かを悟る。林紀子やサチらドヤ街の人々、ウルフ金串、少年院時代の仲間たち——。ゴロマキ権藤は帽子を脱いで哀悼の意を表し、白木葉子は衝撃のあまり、握りしめていた形見のグローブを落とします。
最後のエンディングアニメーションも、ジョーが旅立つような止め絵に差し替えられました。
つまりアニメ版は、死を匂わせつつ旅立ちとも解釈できる、両義的な演出になっている。そして原作漫画には、これらの描写が一つもありません。 権藤の帽子も、葉子が落とすグローブも、アニメ版だけのものです。
【結論】: 「死を匂わせる演出」を記憶しているなら、それはアニメ版の記憶です。
なぜなら、筆者は『あしたのジョー2』第47話を先に見てから第20巻を読んだところ、原作側が驚くほど何も語っていないことに戸惑ったから。原作が示すのはジョーの微笑みだけ。周囲がどう受け止めたかは、読者に委ねられています。
力石徹戦がなければ、あのラストは生まれなかった
力石戦もジョーの敗北であり、勝った力石が死にました。この試合がジョーにイップスを植え付け、ラストの死闘へ向かう動機を作っています。
力石徹はジョーと戦うために、ウェルター級(66kg)からフェザー級(57kg)を経て、バンタム級(53kg)まで階級を落としました。人間の限界を超える減量です。
試合は、ジョーのダブルクロスをアッパーによるトリプルクロスで破った力石が勝利し、ジョーが敗れました。 ここも取り違えられやすいところ。
しかし試合終了直後、力石は倒れます。リング上で握手を求めるジョーにニヤリと笑って手を差し出し、その姿勢のまま。そのまま息を引き取りました。王座認定証も、チャンピオンベルトも受けていません。
死因については単純化を避けたい。減量苦と試合で受けたダメージの複合であり、ジョーが放ったテンプルへの一撃も一因とされています。「減量だけが死因」も「ジョーのパンチだけが死因」も、どちらも正確ではありません。
ジョーはその後しばらく、相手のテンプルや顔面を打てないイップスに陥りました。満足な試合ができなくなり、ドサ回りのボクサーに身を落とします。そこから彼を引き戻したのが、カーロス・リベラとのスパーリングでした。
このカーロスもまた、ホセ・メンドーサに壊された男です。ベネズエラ出身の「無冠の帝王」は、ホセとの世界戦でコークスクリューパンチを受け、一人では服のボタンも留められないほどのパンチドランカーになっていました。
ここで気づいてほしいのですが、「勝った側が壊れる」という構図は、力石戦ですでに一度描かれています。 ホセ戦はその反復であり、完成形なのです。
力石の死をめぐる、作品の外の出来事
あの過酷な減量は、そもそもちばと梶原の設定確認の行き違いから生まれたものでした。初対面シーンで、ちばは力石をジョーより頭一つ分高く描いてしまう。誌面を見た梶原は、この身長差では二人が同じ階級で戦えないと気づきます。辻褄を合わせるために、力石は限界を超える減量を強いられることになったのです。
力石をどうするかでは、梶原とちばが口論にもなっています。梶原は殺したい、ちばは生かしておきたい。最終的に編集次長の宮原照夫がちばを説得し、試合後に死ぬ方向で決着しました。
つまり力石の死も、最後の「燃え尽きた」も、原作者の案をちばが押し返した先に生まれている。ラストの成立過程は、力石戦の時点ですでに一度なぞられていたことになります。
力石が死亡したのは『週刊少年マガジン』1970年第9号(2月22日号)。そして1970年3月24日には、寺山修司の呼びかけにより劇団・天井桟敷が文京区の講談社講堂で葬儀を挙行しています(構成・演出は東由多加)。架空の人物の葬儀が現実に行われる——当時の熱量が伝わってくる話だと思う。
あしたのジョーのラストを自分の目で確かめる方法【電子書籍・VOD比較】
ラストが描かれているのは、講談社コミックス版の第20巻、テレビアニメ『あしたのジョー2』第47話、そして1981年公開の劇場版『あしたのジョー2』の3つです。アニメ第1作と2011年の実写映画には含まれていません。
ここ、意外と知られていないので順に整理します。
映像でラストを見られるのはどれ?——アニメ2作・劇場版・実写映画の到達点
まずアニメ第1作『あしたのジョー』。1970年4月1日から1971年9月29日までフジテレビ系で放送された全79話で、制作は虫プロダクションです。この作品は連載中に原作へ追いついてしまったため、矢吹丈対カーロス・リベラ戦で終了しています。 ホセ・メンドーサ戦は描かれていません。
次に2011年の実写映画。2011年2月11日公開、監督は曽利文彦、脚本は篠崎絵里子、配給は東宝で、興行収入は11億円でした。山下智久が矢吹丈、伊勢谷友介が力石徹、香里奈が白木葉子、香川照之が丹下段平を演じています。こちらは少年院での出会いから力石との対決までを描いた作品で、やはりホセ戦には到達しません。
最後に劇場版『あしたのジョー2』。1981年7月4日公開、110分の作品です。前半はテレビシリーズの再編集ですが、終盤は放映中だったテレビシリーズに先行して制作・公開されました。 つまりホセ戦とあのラストは、劇場版のほうが先に世に出ています。
そのため「短時間でラストまで一気に見たい」なら劇場版という選択肢もあります。ただし前半が再編集のダイジェストなので、金竜飛戦やハリマオ戦などの過程は大きく削られています。
つまり映像でラストを見たいなら、テレビシリーズ『あしたのジョー2』か、その劇場版のどちらかということになります。第1作と実写映画では到達できません。
版によって巻数が違う——どれを買えばラストまで読めるか
原作漫画には複数の版があり、しかも版ごとに巻数が違います。
- 講談社コミックス版:全20巻(最終第20巻は1973年6月15日発売)
- 講談社漫画文庫版:全12巻
- 完全復刻版(KCデラックス):全20巻
- HGT版(KCデラックス):全8巻
「全何巻」と言うときは、必ずどの版かを確認してください。電子書籍で流通しているのは講談社コミックス版の全20巻が中心で、ラストは第20巻に収録されています。
なお単行本の累計発行部数は、2010年12月時点で2500万部を突破しています。
原作をお得に読むには?【電子書籍比較】
あのラストは、コマ割りと紙面の白さがそのまま意味を持つ場面です。ベタを廃した真っ白な画面は、スマホでもタブレットでも、ページをめくった瞬間の落差として体験できます。逆に言うと、あらすじで読んでも絶対に伝わらない。第20巻だけ買って最後の数ページを見る、という読み方でも十分に価値があります。
| サービス | 特徴・おすすめポイント |
|---|---|
| Kindle | Amazonポイント還元 |
| ブッコミ | 月額コースでお得 |
| BOOK☆WALKER | 初回購入50%還元 |
| ブックライブ | 初回70%OFFクーポン |
| 漫画全巻ドットコム | 全巻まとめ買い割引 |
迷ったらブックライブをおすすめします。理由は単純で、初回クーポンの割引率がいちばん大きく、この作品のように「1冊だけ買って確かめたい」使い方と相性がいいから。全20巻を通しで読むつもりなら、まとめ買い割引のある漫画全巻ドットコムのほうが総額は下がります。
アニメでラストを見るならどこ?【VOD比較】
映像で確かめたい場合は、作品名を間違えないことがいちばん重要です。『あしたのジョー』と『あしたのジョー2』は別の作品で、ラストがあるのは後者だけ。同じシリーズだからと第1作を見始めると、カーロス戦で終わってしまいます。
| サービス | 料金 | 無料お試し期間 | 対象作品・配信状況 | おすすめ度 |
|---|---|---|---|---|
| DMM TV | 月額550円 | 14日間 | 『あしたのジョー2』全47話 見放題(ラストの第47話まで到達可)/第1作・劇場版も見放題 | ★★★★★ |
| dアニメストア | 月額660円〜 | 31日間 | 『あしたのジョー2』全47話 見放題/第1作も見放題。アニメ専門で作品数が多い | ★★★★☆ |
| U-NEXT | 月額2,189円 | 31日間 | 『あしたのジョー2』全47話 見放題/劇場版も見放題。毎月1,200ポイント付与 | ★★★★☆ |
3社とも第47話まで見放題で到達できます。最安はDMM TVの月額550円で、無料期間は14日間。全47話を1日3〜4話ずつ見れば無料期間内に完走できる計算です。
無料期間の長さを優先するなら、dアニメストアとU-NEXTが31日間。アニメだけ見られればいいならdアニメストア、映画やドラマも一緒に消化したい・毎月のポイントで劇場版や電子書籍にも使いたいならU-NEXTという選び方になります。
ひとつ注意したいのがAmazonのプライム・ビデオです。検索すると『あしたのジョー2』は出てきますが、プライム会員の見放題対象ではありません。各話110円のレンタルか、アニメタイムズなどのチャンネル登録が別途必要になります。「プライム会員だからタダで見られる」と思って開くと当てが外れる作品です。
なお配信状況は変動しますし、上記以外のサービスで配信されている可能性もあります。視聴前に各サービスの作品ページで最新の状況を確認してください。
中古・フリマで安く集める【ネットオフ・メルカリ・Yahoo!フリマ】
ラストの意味が腑に落ちると、次に来るのは「手元に置きたい」という気持ちだと思う。1973年完結の作品なので、紙の全巻セットやDVD/Blu-ray、当時の関連グッズは中古市場のほうが選択肢が広いです。特に完全復刻版や文庫版は、新刊では手に入りにくい版もあります。
| サービス | 取扱商品 | 特徴・おすすめ |
|---|---|---|
| メルカリ | フィギュア・グッズ・同人誌・中古コミックなど何でも | 個人出品で掘り出し物・限定品が見つかる |
| Yahoo!フリマ | 中古本・ゲーム・ホビー・DVD/Blu-ray全般 | PayPay連携・匿名配送。紹介コードで特典あり |
| ネットオフ | 中古コミック全巻・小説・DVD/Blu-ray・ゲーム | まとめ売り・宅配買取に強く、状態表記が明確 |
| Amazon | 新品・中古の全巻セット・フィギュア・Blu-ray/DVD・グッズ | 新品も中古も。フィギュア・円盤・全巻セットが揃い、プライムなら翌日配送 |
全20巻をまとめて揃えるなら、状態表記が細かく箱買いに強いネットオフが安心です。逆に当時のグッズや絶版の版を探すなら、個人出品が多いメルカリのほうが見つかる確率は高い。
📥 保存版:ラスト時点の主要人物 早見表
このままスクショして、読み返しながら確認すると迷いません。
| 人物 | ラスト時点の状態 | ラストにおける役割 |
|---|---|---|
| 矢吹丈 | 不明(燃え尽きた後は作中で一切描かれていない) | ホセに判定負け。微笑んだまま真っ白に燃え尽きる |
| ホセ・メンドーサ | 生存(試合後に白髪になっている) | 判定勝ちして王座防衛。だが恐怖で崩れた側 |
| 白木葉子 | 生存 | ジョーから血に染まったグローブを手渡される |
| 林紀子 | 生存(のちに西寛一と結婚) | 「まっ白な灰」の言葉を最初に聞いた相手 |
| 力石徹 | 死亡(物語中盤・試合終了直後) | ジョーに勝利した直後にリング上で死亡 |
| 丹下段平 | 生存 | アニメ版ではジョーに語りかけるが反応がない |
| カーロス・リベラ | 生存(重度のパンチドランカー) | ホセに壊された先例。ジョーのイップス克服の相手 |
| 西寛一(マンモス西) | 生存(のちに林紀子と結婚) | ジョーの親友。少年鑑別所からの付き合い |
よくある質問(FAQ)
まとめ
『あしたのジョー』のラストで確定していることを、最後にもう一度整理します。
- ジョーはホセ・メンドーサに判定で負けている。 KO負けでもドローでもなく、世界王者にもなっていません
- 試合後、血に染まったグローブを白木葉子に手渡し、コーナーで微笑んだまま真っ白に燃え尽きた——描かれているのはそこまで
- 「まっ白な灰」は中盤で林紀子に語った言葉の回収。 ラストは唐突な着地ではなく、予告どおりの終わり方だった
- 白髪になったのは勝ったホセのほう。 勝者が崩れ、敗者が微笑むという非対称が、この結末の設計になっています
- ジョーの生死は作中で描かれていない。 ちばてつやの答えは50年で変わり続け、原作者・梶原一騎は自伝に「燃え尽きたのデス」と書き残しました。作り手の間でも答えは一致していません
そして、これだけ言葉を尽くしても再現できないものが一つ残ります。あの真っ白な最終ページです。
ベタを廃した紙面と、微笑んだジョー。ページをめくった瞬間の落差は、要約では絶対に伝わりません。まだ自分の目で見ていないなら、第20巻の最後の数ページだけでも確かめてみてください。きっと、この記事を読んだ意味が変わります。
参考文献・出典
- あしたのジョー – Wikipedia(ラストシーン節・力石の死節・あしたのジョー2節)
- あしたのジョーの登場人物 – Wikipedia
- 「あしたのジョーは生きている」 連載開始から半世紀、法医学者が鑑定 – BuzzFeed Japan(記者: 神庭亮介), 2017年12月15日
- あしたのジョーについて、その2(ジョーを取り巻く女達、林紀子) – note
- 『あしたのジョー』第20巻(1973年6月15日発売/原作: 高森朝雄・作画: ちばてつや、講談社コミックス)
- アニメ『あしたのジョー2』第47話「青春はいま…燃えつきた」(1981年8月31日放送・日本テレビ系)
